今日から!!

●GWで覚悟して45分前には工場内に入っていたけど、明日が平日のため思ったほど多くなくて拍子抜けした。といっても、後半いつもよりも多く作らないといけないし、その後半は僕の教育のため、いつもよりきついことには変わりない。残業は確定だけど、その残業時間をどのくらい短縮できるかが勝負。時間がたつのは早いけど、ほんとに一分一秒無駄にできない仕事。おまけに今日は同僚のおかぁさんが休みのため二人での作業。休憩取らなきゃ余裕だけど、休憩取るのは義務。でも休憩とらんでもいいんだけどね。一時間も要らんな、もてあます。30分でいいわぁ。前半を何とか早く終わらせたので準備をしても後半すぐにスタートが切れたおかげで、残業は1時間半で切り抜けた。だけど、本番は明日から。半端ない量の注文が来るとか。僕はまだ経験したことがないから、ちょっと不安。だけど明日は3人なので、何とかなるだろう。GWの間は、同僚も僕も休日出勤。月曜休出。この期間は覚悟していたし仕方ない。てか、GWの間株がない、張り合いがない。はよ終わってくれんかな。●明日はさすがにきついともうので、仕事が終わったら温泉に入りにいこうと思う。疲れを取るには、やっぱりよく食べ、風呂に入り、よく寝ることだな。●ということで、物凄く飯を食った。親が返ってきたので、たんまり料理が出た。残すのもなんなので、全部平らげた。これだけ食えば、体力もかなりつくんじゃないかしら。

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それゆけ釣り仲間

     10新聞に書いてあった、池田町にあるという萩野和晃の実家を文之助が探し当てるのは、そんなに苦労はなかった。その家には、萩野の母親が独り切りで住んでいることも突き止めた。発見されたスタービーチ死体が萩野という男かどうかの確認に関して、新聞記事では父親でなく母親が書かれていたので文之助は凡その推測はしていたが、萩野が亡くなった当時から母親が独り暮らしだったことまで調べ上げた。文之助は、謎を謎のままにしておくことができなかった。謎である限り、菜穂子の心に棲みついている萩野という男を追い払うことができないと思ったからである。菜穂子自身から聞けば簡単なことだが、菜穂子が教えてくれるはずはない。だとすれば、残された方法は、萩野という男を調べ上げることだけだった。しかし、それも直ぐに暗礁に乗り上げた。個人情報保護法の垣根は、思ったよりも高かった。萩野が通ったと思われる中学校に行って、自分の免許証を見せて萩野が進学した高校を聞き出そうとしたが無駄だった。警察でもない限り、聞き出すことが不可能だということを悟った。萩野について何か知っているひとを探し出して、萩野に関することを聞き出す方法もあるだろう。が、そうするためには気の遠くなるような時間が必要に違いなかった。一人や二人の萩野の知人に会っても、謎を解く手掛かりを簡単に得られるはずがない。萩野という過去の男の身体に繋がっている無数の糸を手繰り寄せるように、何人ものひとから話を聞き出さなくてはならない。そして、そのひとたちと会うために、次から次と嘘をつかなくてはならない。そう思った文之助は、正攻法でいくしかないと心に決めた。萩野の母親、敦子に、文之助は夜八時ちょうどに電話をした。見知らぬ男からの電話に、敦子は露わな警戒心を隠そうとはしなかった。今直ぐにでも電話を切ってしまいそうな、応対だった。「和晃さんのことで、どうしても訊きたいことがあるんです」「和晃のこと……」独り言のように呟いた敦子の声の調子ががらりと変わった。生きていた頃に和晃と関わった人達は数限りなくいるだろう。が、その人達の中にある和晃の記憶は、年を追うごとに薄れていっているに違いない。亡くなってから、十四年の歳月が流れている。記憶の輪郭は粉々に砕け散って、霧のように細かな粒子となって漂っているだけなのだろう。だとすれば、そうした人達の口から和晃の名前が出ることはもうない。それだけに、息子の名を口にした文之助に親近感のようなものを感じたのかもしれなかった。「和晃の知り合いなんですか」「はい。でも、俺ではないんです。俺が好きなひとが、和晃さんに恋していたんです。和晃さんが死んで十四年が経った今でも」暫くの沈黙の後で、敦子の声がした。「あなたが好きだってひとは、和晃と婚約していた澤本静子さんのこと?」「いいえ、違います」「そうよね、静子さんは和晃が死んでから一年もしないで結婚してしまったんだから」敦子が口にした澤本静子という女が新聞記事に載っていた婚約者であることを、文之助は直ぐにわかった。静子の名を口にしたときの口ぶりから、敦子が静子のことをよく思っていないこともまた想像がついた。「あなたが好きなひとって、まだ和晃のことを忘れずに慕ってくれているんですか」「はい、忘れられないんです」「そうですか」敦子の声が涙声になっていた。和晃を忘れずにずっと慕っている女がいたことに感動している様子だった。「十四年間も、忘れずに和晃のことを慕ってくれていた、そんなひとがいたんですか」自分に語りかけるような敦子の言い方だった。そして、電話の相手の存在を忘れて、和晃の思い出に独りで浸り切っているような色が声に滲んでいた。「俺と会ってもらえませんか」想い出の世界に入り込んでしまった敦子を、無理やりに引っ張り出すような声音で文之助が言った。「えっ?」「会ってもらいたいんです。そして、和晃さんのことを教えてもらいたいんです」「和晃のことを」「はい。俺の好きなひとが、未だに忘れられないっていう和晃さんのことを知りたいんです。でないと、そのひとのことを諦めるにも諦められないんです」文之助は必死だった。菜穂子と和晃のことを知る手掛かりは、もう敦子しか残されていない。見ず知らずの俺のような者から、十四年前に亡くなった息子の名を聞いて、明らかに感傷的になっている。今を逃してはならない、と文之助は焦っていた。「いいですよ」拍子抜けするほどあっさりと、敦子は文之助の頼みを受け入れてくれたのである。「ほんとうですか」「いいですとも。それで、いつ来るんです?」「来るって、どこへ」「もちろん、私が住んでいるこの家ですよ。和晃にも聞かせてあげたいんです。和晃のことを忘れられずに、ずっと慕ってくれているひとのことを」「はあ」見ず知らずの者を自宅に呼ぶ敦子の無防備さが、文之助には信じられなかった。が、それほどまでに敦子が和晃のことを溺愛していたと想えば、納得もできた。「昼にいらっしゃいな。何もないですけど、手料理を作ってまっていますから」「いいんですか」「ええ。和晃にお線香でも上げてくださいな」できるだけ早く会いたがっている敦子の要望もあって、文之助の仕事が休みの二日後に会うことになった。電話を切った後の文之助は、複雑な心境だった。敦子に会って、和晃についていろいろと聞き出すことが可能となったことは飛び跳ねたくなるほど嬉しかった。が、素直に喜べなかった。嘘を言ったわけではないし、敦子を騙そうとしているわけではない。それなのに、敦子を出し抜くような後ろめたさがあった。その後ろめたさはどこからやってきたものか、文之助にはわかっていた。それは、和晃に対する漠然とした黒い疑念だった。年が十歳も離れた、婚約者がいる男。その男に抱かれた十六歳の女。普通の男と女が出逢い、愛し合って結ばれるというには、あまりにも不自然だったからである。二人の間には、誰にも明かせない秘密があるはずだ、と文之助は確信していた。死んだ息子を溺愛し続けている、盲目的な母親に付け入って、秘密をあばく手掛かりを聞き出そうとしている自分が、後ろめたかったのである。文之助の心がちくちくと痛んでいた。

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連勤開始

当初、29日は歌舞伎座千秋楽の当日券あるいは幕見席を手に入れるため早朝から並ぶつもりでいた。 だが、千秋楽は28日だった。。。自分の間違いに気づいたのは10日くらい前で、タイミングよくマイミクさんからのお誘いがあり、以前から行きたかった料理教室にいってきた。 日本在住の外国人の奥様宅で各国家庭料理を習えるもので、この日は代官山のドイツ人の奥様宅に向かった。代官山には20年ぶりに足を踏み入れたけど、こんなにいい雰囲気の住宅街だったけ、とやけに感動。 緑の多い低層住宅地域はやっぱりいいな、と思いつつ通りの住所表記に目をやると「目黒区青葉台」に変わっていた。 海老蔵宅もこの辺なのね。瀟洒なお宅に到着、タチアナ先生が迎えてくれる。 ドイツ人と聞いていたけど、ゲルマンというよりラテンの風貌をした人だ。今日のメニューはタチアナ家のイースター料理で、アボガドとシーフードサラダ、ラムローストにラタトウユとかぼちゃのピューレの付け合せ、イースターバニーの形をしたキャロットケーキだ。 デモが中心で、時々手伝いする形式の教室なんだけど、他の人の台所をのぞくのって面白い。 キッチンカトラリーやお皿を見ているだけでも楽しいし、自分が使わない素材に出会ったり、日常では絶対にしない行為、例えばケーキのデコレーション、カボチャを軽くゆでて皮をきれいにピールする、盛り付け、等々、を行うのは、少々苦痛ではあるけれど楽しい。目から鱗だったのは、アボガドは切り分けた後、種もそこに一緒に入れておくと色が変わらないんだそうだ。 これまで食べてきたラタトウユは、結構味がしっかりついていてクタクタ、ドロドロになるまで煮込んであるものが多かったような気がするが、タチアナさんのラタトウユはそれぞれの野菜をオリーブオイルで炒めたあと、茶袋にいれたローレルとタイム(あとで取り出します)、岩塩、コショウを少々いれ、野菜自身がもっている水分で煮込んだものでシンプルで野菜本来の味が引き出されていた。 ラムローストの付け合せとして、カボチャピューレと共にOne Dishに盛り付けていたのは新鮮だった。付け合せにもここまで手をかけるってできないなー。 今日の習った料理を自宅でやるとしたら、かなり手を抜いたアボガドサラダ(無論マヨネーズは市販のもの)とラタトウユだけだろうな。 ゲスト用のダイニングで先生とお話しながら料理をいただく。 考えてみれば日本在住の外国人女性と話すことって殆どない。仕事関係で関わるNonーJapaneseは全員男性で、ほとんどビジネストークばかり、他愛ないおしゃべりを楽しむってことがあまりない。東京は一段と外国人の比率が上がっているんだろうけど、それぞれのコミュニティの中でしか交流がないような気がする。 22時にお開き。短い時間だったけど小旅行をしたような気分だった。 

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言ってることがころころ変わるのは、日々進化してる証拠よね

大型連休始まりましたね。どうも、アタシ。やれやれ、というか。やれやれなのです。再就職活動は何かと考えます。求人誌を毎週見るようになりました。よくよく考えていくと春の時点で人材確保ができていない会社はほぼアウトなところが多い訳です。個人的な見解ですが…。飲食業界は3K産業なので希望する人はもともと少ないとも考えられるのですが今は不景気。その考えにも変化があるようです。募集先に実際に足を運んでいます。10軒くらい回りました。粗悪な店が続き、途中で同じ時間なら賃金の良いチェーン店でもいいかな?と心が折れそうにもなりました。数日前たまらずおやっさんに会いに行きました。話しにくい話題をし始めて数分後「ぼけ!お前は向いていないから料理人を辞めちまえ!!」と怒らせてしまいました。「何を考え、何を信じ、何を行動するのかは全て自己責任。他人も会社も職場も関係ねーだろ!お前の価値はどこまでで、何ができるかでしか表現できない。実際にあなたの値段はいくらなんですか?それが分かれば後は行くだけ。自信を持て、もし不安なら不安がなくなるまで考えつく努力をするしかない。何かに頼るな、何かのせいにするな。」泣けてきた。本当に泣けてきた。でもね、それが現実でそれだけが真実でした。辛い辛いと嘆いても虚しく響くだけで誰も代わってくれたりはしない。それからできることできないことを頭の中で整理してみました。取り合えず今までも今もできない仕事はないようです。後は経験と創造力。それだけで進むべく道はハッキリと見えてきました。過去の実績なんかは関係ない。あの日まで己の不遇にただ優しい言葉や同情が欲しかっただけかもしれない。しかし何も変わりはしない。現実はそれだけです。戦場で弾が飛んできたら当たるのも自分、かわすのも自分。フライパンでぶん殴られたようでした(涙)どこまで登れるのか?行こう!先へ。数ある求人の中でピンと来た店がありました。(話の流れとしてはその日聞いてみたかったのですが頼るのは止めて自分が見て感じたこと、考えたことで勝負することに決めました。働くのは俺ですから)昨夜恐る恐る連絡をしてみました。意外にも連休明けに面接です。次にお会いする時はスーパーになっておきたいです。寂しいですがおやじさんには半年くらいは会いに行けそうにないです。ではまた。アディオス。

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上海での結婚式

近所に出来た沖縄料理屋さん。実はここよりも前に沖縄料理のお店が1軒できてるのですが、そちらは基本的には夜みたいなんで、入ったことがありません。何故か母が行きたがった。そんなに沖縄料理好きだったっけ?でも沖縄は好きなんだよね。私よりもずっと早く沖縄に行ってるし、石垣島とか西表島とか、うちでは母しか行った事がない。しかも・・・例の・・・あの巨大な・・・・・・アレ、も目撃してるらしいが、母は動じない。「母は強し」と言うけれど、変なところで強すぎるうちの母アレと言えばアレですよ。「ゴ」で始まるすばしっこくて黒い奴(うぎゃーー)現地の言葉で「ヒーラー」(平たい奴って事ね)。しかも南国仕様なので本土のそれよりも超巨大。ああ、こんな事を書いていると、折角の沖縄料理が美味しくなくなっちゃう止めよう止めようということで〜、閑話休題いたしまして〜・・・27〜28日は父が旅行でした。またしても箱根。そんなに好きなのか?箱根。今回は友人とです。そしてまた雨。うぷぷやっぱり父が雨男なんじゃないの〜?父が居ないのをいい事に、母とランチに出かけました。でも朝ごはんが遅かったので、家を出たのが2時近く。やってるのか分からなかったので、とりあえず行ってみて、やっていなかったらCASAでも行こうかと言ってました。でもランチが3時迄だったので楽勝でした。お店の名前は「琉球ぼうず」。ネットで見ると、どうやら立川にもあるようです。立川といっても砂川だから(ってローカルな話だな)、西武線の武蔵砂川駅が近いみたい。私達が行ったのは「東大和店」ですよ、勿論。駅からもかなり近いです。今までこの場所には、胡散臭い飲み屋が入っていることが多かったのですが、まともな堅気の(?)お店が入ってくれて嬉しいです。店内は凄く長〜〜〜いうなぎの寝床。間口は狭いんだけど、奥が深い。結構びっくりです。ランチメニューがありますが、私も母も頼んだのは沖縄そば(かつおだし)です。とんこつの沖縄そばもありました。トッピングもありましたが、今回は何も入れずに頂きました。一緒にゴーヤチャンプルーも注文しました。そちらは一品料理なので母と半分こ。あ〜なんか美味しいわ〜〜沖縄そばって無性に食べたくなる時があるんですよね。出来ればソーキの入らない、普通の沖縄そばが好きなのですが、結構ソーキそばしかない所が多いです。ここは良いお店だわ。店内も撮影。こちらは私達の目の前の壁。下の方には貝殻が埋め込んでありました。上を見上げると、屋内なのに屋根まで作って。内装はかなり凝ってますよ。座っているカウンター席の並び。上の写真と同じ方向ですが、入口を見ています。店内はきれいだし、明るいので、1人で入れますね。ただ初めてだとちょっと躊躇しちゃいそうです。私達が入ったときにはカウンターでは男性が1人でお昼を食べていましたが、どうやら単品も色々頼んだらしく、結構な量を召し上がっていましたね。また私達が出るときにもまたお客さんが。流行ってほしいねぇ。料金は、ランチだと沖縄そばは500円。今だけなのか分かりませんが、大盛無料でした。普通盛りで食べましたけどね。ゴーヤチャンプルーは550円。だから全部で1550円でした。お財布にも優しいです。また行こうっと今日のブログ日々是好日「ツマグロオオヨコバイ」ヨウツベ三昧「DJラオウ ケンシロウ伝&ラオウ伝」

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本日のオススメ

休日出勤の夕刻ふと、街へ出たするとこんなきれいなサンセットがサンセットを眺めていると電話が鳴った『タイ料理食べよう』とのお誘い綺麗な夜景を眺めながらタイ料理を食した  

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ただいま〜

これが、シッタカです。シッタカの下からとシッタカの横からシッタカは磯にいる小さな巻貝で、殻がヘリが鋭角な円錐なのが特徴。磯物としては味が良いとされていて、殻のまま煮たり、焼いたりで料理屋でちょっとした一皿になるんで人気が出たからか、最近ではほんとに減ってしまいました。市場ではKgあたりの値段はサザエなんかより高いです。一粒100円くらいします。最近は角の丸いクボ貝なんかも、シッタカの名前で売られてたりしますね。さて、今日の夜からシッタカはグレートジャーニー。初めて大阪までドライブしてみます。そして、3日の昼のNHK総合のラジオの生放送「なら万葉ウォークⅡ」に参加することになりました。12:15から15:00です。50人の参加者のひとりですが、東京から親子づれでの参加なんで、きっとインタヴューされると思います。そんなで、今日はのんびりで、昼ねして、夜に備えます。帰るのは四日の夜の予定。

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